楽しく生きる

感情や心のことについて、つらつらと書いていきます

イライラすることは日常生活でよくある事です。皆さんは最近どんな事でイライラしましたか? 僕は昨日母と電話していた時、その態度に少しイラッとしました(ごめんねお母さん笑)。

僕達にとって身近であるイライラですが、では人はどんな時にイライラするんでしょうか。今日はそれを少し掘り下げて考えてみます。

・イライラは期待の裏返し

まず、イライラは期待が裏切られた時に起こります。先程の僕の例で説明すると、僕は母と楽しく話したいな、という期待を持っていました。でも、期待と違って母はネガティブな態度だったので僕はイライラした、というわけです。

誰しも「こうなったらいいな」という期待を持ちながら生活しています。その期待が大きければ大きいほど、裏切られた時にイライラしてしまうんです。

・価値観の違い

また、価値観が違う時も人はイライラします。喧嘩を思い浮かべてもらうと分かりやすいですね。

自分の価値観と相手の価値観が違う時、時に人は怒りを感じます。なぜなら価値観にも許容範囲があるからです。

まず、人の価値観には絶対的な核があります。アイデンティティー、と言ってもいいかもしれません。その外側には許容できる範囲の価値観のゾーンがあります。ここにある価値観は自分のものとは違いますが、受け入れられる余裕があるものです。さらその外側には許容できない範囲の価値観のゾーンになります。ここまで来ると、中々その価値観を受け入れるのは難しくなります。

許容できる範囲の広さは人によって違います。その範囲が広ければ広いほどイライラしなくなり、逆に狭ければ狭いほどイライラしやすくなります。

・イライラした時の対処法

それでは、どうやってイライラに対処していけばいいんでしょう。

期待と価値観の違い。この二つがイライラを生むと説明しました。これらのうち、簡単に意識を変えられるのは期待の方です。人に対する期待を少し抑えてみましょう。もちろん全く期待するな!というわけではありません。期待しすぎるのが問題なんです。人は自分の思い通りに動いてはくれないので、いつも期待していてはその度にイライラしています。思い通りになったらラッキー、ぐらいの気持ちでいきましょう。

逆に価値観を変えるというのは難しいです。今までその価値観で生きてきたわけなので、すぐには変えられません。変えようとすると時間がかかるのが価値観なんです。あえて言うなら、違う価値観を持っている人を理解してみようとするといいかもしれません。

・最後に

僕は多少のイライラはあってもいいと思っています。人間なのでイライラすることだってありますし、それを溜め込んでしまうと逆に良くないです。でも、いつもイライラしていては自分にとって有害です。そんな精神状態で生活していても楽しくありませんし、「あの人性格悪いな」と周りからの印象も悪くなります。

自分がどういった時にイライラするのか。それをもう一度振り返ってみると、改善への近道が開けるかもしれません。

一面だけを見て決めつけてはいけない

例えば、友達に感情的に怒られたとします。怒られた直後は「何だよあいつ!」と腹立つかもしれません。でも、実はその友達もその前に違う人に怒られていました。そう考えると、友達に共感できるんじゃないでしょうか。「ああ、そんな事情があったのか」というように。

ある一面だけを見て判断するというのは良いことではありません。どんな人や物も、色んな面で出来ています。

包丁や車は危ないですが、正しい使い方をすれば生活を豊かにしてくれます。「危ない!」という一面だけを見て使うのをためらってしまうのはもったいないです。

人間もそうです。「感情的な人」は言い換えれば「素直な人」ですし、「引っ込み思案な人」は「思いやりがある人」です。性格も少し見方を変えれば、ポジティブにもネガティブにもなります。

それに自分が言われるのも嫌だと思うんです。他人に「お前はこうだ!」なんて決めつけられたくないですよね。

結局、一面だけを見て決めつけてしまうことは損なんです。少なくとも自分にとって良いことはありません。

物事を色んな角度から見て判断する。これが大事なんです。

常識を疑う

世の中には「常識」というものが数多くあります。でも、それって本当に「常識」なんでしょうか?

例えば、会社で働くというのは常識だと言われています。でも、この世には色んな仕事があります。フリーランスだったり、自営業だったり、ブロガーだったり……。今話題のYouTuberなんかもそうです。必ずしも会社で働くという必要はないんです。

こうして少し掘り下げて考えると、「常識」というものって本当は無いんじゃないかと僕は思います。ただ、昔からそういう風に言われてきたので皆なんとなくそう思っているだけで。

それに、いつの時代も成功してきた人は常識を疑っていました。だから、常識に捉われていると柔軟な考えが出来ずに成長できないんです。

ひねくれろ、というわけではありません。でも、常識だと思っていたことを「それって本当に常識なのかな?」と少し考えてみる。そうすることで、新しい発見が出来ると僕は思います。

はっきり言う人と言わない人

はっきり言う人と言わない人。皆さんはどっちでしょうか。また、周りの人に多いのはどっちでしょう。ちなみに僕ははっきり言わない方です。

今日はこの二つの性格について考えてみます。


・はっきり言う人

はっきり言う人はとにかく自信があります。断定口調で思ったことを何でも言いますし、他人がどう思おうと気にしません。

だから、自分の考えや主張を伝える時はすごく説得力があるように聞こえます。「これは~だと思います」より「これは~だ!」と言っている方が自信に溢れてますよね。何かを議論する時ははっきり言う人の方が向いているんです。

ただ、我が強いので時にはきつい人だとか思いやりがない人だと思われることがあります。また、言ってほしくないことも言われることもあるので相談をしたい時は少し覚悟した方がいいかもしれません。


・はっきり言わない人

逆に、はっきり言わない人は優しい人です。相手の事を考えて発言するので言葉に棘がなく話しやすいです。

人当たりが良く、雰囲気が柔らかいのが特徴ですね。

しかしそのために自信がないように見られることもあります。また、遠回しに物事を言うため「結局何が言いたいの?」と思われがちです。言葉で責められると言い返せなかったりします。

・どちらか100%は無い

ここまで説明していきましたが、これらどちらかが100%な人はいません。傾向としてあるだけ、ということです。

そして、はっきり言ったり言わなかったりするのは使い分けることができます。上手く使い分けていきましょう。

いつまでも悩んでいる事の弊害

僕は悩みやすい性格で、ちょっとしたことですぐ悩んでしまいます。そういう人って結構いると思うんですが、どれくらいの時間悩んでいますか?

少しならいいんですが、実はいつまでも長い時間悩むことは悩みたくて悩んでいる場合が多いんです。


・行動しないために悩む

それを聞いて、「悩みたくて悩んでいるんじゃない!」と言う人が多いと思います。僕も初めてそれを聞いた時そう思いましたし、同時に「どういう事なんだろう?」と疑問を感じました。

結論から言うと、「悩んでいると行動しなくて済む」からです。

例えば、ブログで書くことがないと悩んでいるとしましょう。断片的な言葉は浮かんでくるんですが、中々話としてまとまりません。そしてそのせいで、未だに一文字も書けていませんでした。

では、この人は本当に書けないから悩んでいるんでしょうか。

断片的でも、とりあえず文字に起こしてみればいいんです。そうすれば話が浮かんでくることもあります。でも、その人はそれをしていません。

どういう事かというと、この人は「書いてみてつまらなかったらどうしよう……」という不安を持っているんです。だから、その不安が的中するのを防ぐために悩んでいるんです。悩んでいる間は行動しなくて済みますからね。

このように長い時間悩んでいる人というのは、行動した時に生じる可能性がある失敗によって自分の自信がなくなるのを防ぐために、行動せずに悩んでいるんです。


・正しい悩み方

もちろん悩むこと自体は悪いことではありません。行動したくないからずっと悩むことが良くないんです。

大事なのは、行動につなげるために悩むことなんです。

例えば何かに挑戦して失敗した場合、落ち込んで悩んでしまうでしょう。でも、そこで何が悪かったのかを振り返って次に活かすことができれば、悩むことも無駄にはなりません。「悩む」ではなく「分析する」と言った方が分かりやすいかもしれませんね。

行動しないために悩むのではなく、行動につなげるために悩むといいですよ。

・最後に

行動しないために悩んでる時って、少しきつい言い方をすると「逃げ」の状態なんですよね。行動すると失敗して傷ついてしまうから代わりに悩んでるんです。

でも、失敗を恐れて行動しないよりも、失敗してもいいから行動することの方が得られるものは大きいです。

悩む時は悩んで、一区切りついたら行動に移す。そうやってメリハリがつくと、人間的に成長できるんじゃないかと僕は思います。

どんなアドバイスも参考程度に聞く

僕は人からのアドバイスは鵜呑みにしてはいけないと思っています。もちろん、アドバイスを聞くことで解決策が生まれる時もありますし、客観的な視点で物を言ってくれるのは貴重です。

しかし、だからといって何でもかんでも人の言うことを聞く必要はないです。それは家族でも友達でも、どんな親しい人に対してもそうだと言えます。

じゃあ、なぜ僕がそう思うのかをこれから説明していきます。

・どんなに親しくても他人

親や兄弟や友達って、身近な存在だから何でも言うことを聞いてしまいがちです。でも、親しくても親しくなくても、結局自分以外の人間って他人なんですよね。

だから、どんなに色んなアドバイスを受けても他人なわけですから、本当に自分に合うアドバイスとは限らないんです。

また、時々「お前のために言ってるんだぞ!」とアドバンスしてくる人がいます。でも、それって本当に「お前のために言ってる」んでしょうか? 逆に、なんで他人なのにその人のためだと言えるんでしょう?

……すいません、愚痴っぽくなってしまいました(笑)。

まあ、つまりは親しいからといってアドバイスを鵜呑みにするのは良くない、ということです。

・最終的に決めるのは自分

アドバンスとは、人が自分に対して助言をしてくれることです。最初に書いたように、時には役立つこともあります。でも、最終的に決めるのは自分なんです。

例えば、「500円あるんだけど何買えばいい?」と友達に聞いたとします。友達は、「コンビニでパンとおにぎりと飲み物買ったらいいんじゃない?」と言いました。

ここでその人が友達の言った通りにパンとおにぎりと飲み物を買っても、納得できなかったから違う物を買っても、結局は自分の行動になります。

だから、もしパンとおにぎりが美味しくなかったとしても、友達に対して「お前がああ言ったせいだ!」とは言っていけないんです。

・二つのことを踏まえて

これらの事を踏まえて僕が言いたかったのは、アドバイスを鵜吞みにしてしまうと人のせいにする恐れがある、ということです。「あの人がああ言ったせいでこうなった!」とか、「言った通りにやったのにダメだった!」とか……。

でも、さっきも書いたように最終的に決めて行動するのは自分です。人が何を言ったとしても、です。

だから、どんなアドバイスも鵜吞みせずに、あくまで参考としてください。「こういう意見もあるんだな……」ぐらいに。

・最後に

アドバイスにも聞き方があります。聞きすぎないのも問題ですが、聞きすぎるのも問題なんです。

書いていて気づいたんですが、今日説明したことってアドラー心理学の「課題の分離」に似てるなーって思いました。気になった人は、それについて書いた記事があるので見てみてください。ネットで調べてもいいですよ(笑)。

アドバイスは参考にして、最終的に自分が決めたことに責任を持つ。これが大切なんだと僕は思います。

自分の好きなことに時間を使う

僕たちは嫌いなものや嫌いな人に対して悪口や愚痴を言いがちです。「~のああいう所が嫌い!」とか、「あんな風に言うことないじゃん!」とか、つい言いたくなりますよね。もちろん、ネガティブな感情を溜めたままにするのは良くないですから、外に吐き出すというのは大事です。

でも、それをいつまでも言っているって少しもったいないなあ、と僕は時々思います。今日は、もう少し好きなことに時間を使おう、という僕なりの意見を説明していきます。

・時間が経つのは早い

僕も二十歳を過ぎて、昔よりも時間の流れが速くなった実感があります。一か月ですらあっという間に過ぎてしまいますし、昔みたいに遅くならないかな、なんて思います。

時間は意外と速く過ぎていきます。何気なく生活していると、時間が無限にあるように錯覚してしまいますが、時間も無限にはありません。

だからこそ、自分の嫌いなものに対して時間を使ってしまうのはもったいない、という意見が僕にはあるんです。まあ僕も、あんまり人の事は言えないんですけどね……(笑)。

・一時的な嫌いな感情は良いけれど

前に僕は、「嫌いという感情は悪くない」という記事を書きました。だから、その感情そのものを否定はしません。

ただ、いつまでも嫌いな感情を背負ってるのって疲れると思うんですよね。僕も経験がありますが、何かを嫌っている時って少なくともいい気持ちはしません。また、どこかで聞いた話なんですが、好きよりも嫌いの方が強いエネルギーを持っているらしいです。

それなら、嫌いはほどほどにして自分の「好き」を大事にした方がいいですよね。

・好きを大事にする

「好き」は、人に多くのことをさせてくれます。やる気を出させてくれたり、何かに挑戦させてくれたり、夢中にさせてくれたり……。人をポジティブな方向に持っていってくれるのが、「好き」という感情なんです。

だから、その「好き」を大事にしてばしているほど、充実した生活を送れるんじゃないかなと僕は思います。現に、何かで成功している人って自分の「好き」を大事にしてきた人が多いです。どんなことでも「これが好き!」っていうものがあれば、その時点でアドバンテージなんですね。

・まとめ

時間は限られています。「時間があるから大丈夫!」と思っていると、時間というのはあっという間に過ぎてしまいます。それに加えて、何かを嫌うのに時間を使ってしまったら尚更もったいないです。

限られた時間を自分の「好き」のために使う。そうすれば、自然と充実した生活を送ることができる。これが僕が今日言いたかったことです。